夢を見ていたわ
望み高く 生き甲斐ある日々
愛は永遠だと夢見てた
神は寛大だと夢見てた
そして若さあ恐れを知らず
夢を浪費し 無駄にして
代償も払わずに
歌も歌い尽くし ワインも飲み尽くし
だけど虎は夜に訪れる
雷のような唸りをあげ
希望を引き裂き
夢を打ち砕く
それでも彼が振り向いてくれると
夢見て共に過ごすわ
けれども夢は叶わず
また思いがけない嵐
私の人生は夢
だからこんなはずじゃなかった
だからこんな地獄じゃなかった
今人生は終わった
夢破れて
レ・ミゼラブル(ああ・無情)より「夢破れて」
偶然、スーザン・ボイルのオーディションの動画を見たんだ。それでさ、この歌を歌ってた。恥ずかしい話だが・・・この歌の詩を遂この間、2年半前からそれ以前の5年間くらい、愛読してたんだよ。
最初は「レ・ミゼラブル」のミュージカルを動画で見て、そこに日本語の歌詞がついてて・・・「まるで俺のことじゃないか!」って感じで。
その写真のなかに、絵本を抱えた俺の小学1年の時の写真があったんだ。そしてさ、その写真を良く見ると、絵本は「ああ、無情」なんだよ。ジャン・バルジャンの物語でな、その本は両親が間もなく離婚してオヤジ側に引き取られてもずっと持ってたんだ。
1本のパンを盗んで19年間投獄されたんだよ。フランス文学なんだが、その子供のころのストーリーが描かれた絵本だったんだよな。それをさ、死んだ母親は俺に買ってくれてたんだな、と改めて思ったわけだ。
そんな関係で俺は母親とは別々に暮らして、オヤジは再婚して。生みの母だとか育ての母だとか、俺は特別に考えたこともなかったし、若いころは恨みもなく自然にふるまえたと思うし、意識もあまりなかった。母親は本当に偲ぶように、数年に1度くらい会いに来るんだ。待ち伏せとかしててな。で、結婚して子供(孫)ができると、俺の留守中に自宅に立ち寄るようになったらしい。女房が気を使ってくれて、俺が仕事ばかりで家庭を顧みなくてさ、愚痴もでたみたいなんだが。
そんな母親が倒れて7年。一人暮らしで弟が面倒をみていたんだが、離れて仕事をしていたから、寂しかったんだろうな。ここ数年は俺も面倒をみるようになったんだが・・・。肝心の俺はさ、仕事で躓きまくりで、毎日地獄のような日々。家庭も駄目にしてしまって、財産も何もかも失ってしまった。今日の食事もどうしよう、なんて考えたりな。悲惨な生活さ。
だから満足に何もしてやれなかったんだ。
でも、写真を見つけて、やっぱ母親だったんだ・・・と涙がでた。倒れてアルツハイマー気味になってからは、気持ちを切り替えていろいろ親切に接したけどな。母親の優しい思い出はこれで3つになった。嫌な思い出はキリもなくあるのにな。
スーザン・ボイルのオーディション動画を見て涙が止まらなくなった。何度も見たけれど、歳甲斐もなくほとんど号泣してたくらい。流石にデカチチが心配して「どうしたの?」と。さっきまで事情を話してさ・・・一緒に号泣なんだ。
最初見たときはなぜ泣けたのか、俺も分からなかった。けれど、自分でも感情が抑えられないほど泣けてくるんだよ。そして気がついたんだ。そう、そのオーディションでスーザン・ボイルが歌ってる歌の歌詞が日本語約されて映ってる。それを読んで自然に泣いてたんだよ。もちろん、スーザン・ボイルの切ない思いにも感動したけれど、それ以上にさ、その歌詞は俺がすべてを失ったときに、口ずさんでいた歌詞だもんな。自分の境遇にドンピシャだったしな。
だから、なんというか、そういうものが深層で連鎖して涙があふれたんだと、ようやく気がついたんだ。だから、デカチチも一緒に泣いてくれたんだよ。
新居に来て、本当に申し訳ないと思ったんだが、事情があって49日までは納骨できなくて、俺が引き取ることにした母親の遺骨を、文句ひとつ言わず受け入れてくれたデカチチには感謝してる。
なんというか、最近涙脆くてな、歳のせいかな。
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望み高く 生き甲斐ある日々
愛は永遠だと夢見てた
神は寛大だと夢見てた
そして若さあ恐れを知らず
夢を浪費し 無駄にして
代償も払わずに
歌も歌い尽くし ワインも飲み尽くし
だけど虎は夜に訪れる
雷のような唸りをあげ
希望を引き裂き
夢を打ち砕く
それでも彼が振り向いてくれると
夢見て共に過ごすわ
けれども夢は叶わず
また思いがけない嵐
私の人生は夢
だからこんなはずじゃなかった
だからこんな地獄じゃなかった
今人生は終わった
夢破れて
レ・ミゼラブル(ああ・無情)より「夢破れて」
偶然、スーザン・ボイルのオーディションの動画を見たんだ。それでさ、この歌を歌ってた。恥ずかしい話だが・・・この歌の詩を遂この間、2年半前からそれ以前の5年間くらい、愛読してたんだよ。
最初は「レ・ミゼラブル」のミュージカルを動画で見て、そこに日本語の歌詞がついてて・・・「まるで俺のことじゃないか!」って感じで。
先月母親が亡くなって、いま、まだ遺骨は(事情があって)俺の手元にあってさ、それで母親が住んでいた家の整理なんかをしてるわけだが・・・そこに昔の写真がたくさん出て来て。いろいろ昔のことを思い出してたんだよ。
その写真のなかに、絵本を抱えた俺の小学1年の時の写真があったんだ。そしてさ、その写真を良く見ると、絵本は「ああ、無情」なんだよ。ジャン・バルジャンの物語でな、その本は両親が間もなく離婚してオヤジ側に引き取られてもずっと持ってたんだ。
1本のパンを盗んで19年間投獄されたんだよ。フランス文学なんだが、その子供のころのストーリーが描かれた絵本だったんだよな。それをさ、死んだ母親は俺に買ってくれてたんだな、と改めて思ったわけだ。
そんな関係で俺は母親とは別々に暮らして、オヤジは再婚して。生みの母だとか育ての母だとか、俺は特別に考えたこともなかったし、若いころは恨みもなく自然にふるまえたと思うし、意識もあまりなかった。母親は本当に偲ぶように、数年に1度くらい会いに来るんだ。待ち伏せとかしててな。で、結婚して子供(孫)ができると、俺の留守中に自宅に立ち寄るようになったらしい。女房が気を使ってくれて、俺が仕事ばかりで家庭を顧みなくてさ、愚痴もでたみたいなんだが。
そんな母親が倒れて7年。一人暮らしで弟が面倒をみていたんだが、離れて仕事をしていたから、寂しかったんだろうな。ここ数年は俺も面倒をみるようになったんだが・・・。肝心の俺はさ、仕事で躓きまくりで、毎日地獄のような日々。家庭も駄目にしてしまって、財産も何もかも失ってしまった。今日の食事もどうしよう、なんて考えたりな。悲惨な生活さ。
だから満足に何もしてやれなかったんだ。
けれども、母親も悪かった。俺がガキの時はヒステリー女で、毎日体罰よ。何かと言うと手が出る。女のくせにふざけるなって思うわね。だから出来るだけ母親のことは思い出したくなかったし。そうすれば恨まないで済むしな。
でも、写真を見つけて、やっぱ母親だったんだ・・・と涙がでた。倒れてアルツハイマー気味になってからは、気持ちを切り替えていろいろ親切に接したけどな。母親の優しい思い出はこれで3つになった。嫌な思い出はキリもなくあるのにな。
スーザン・ボイルのオーディション動画を見て涙が止まらなくなった。何度も見たけれど、歳甲斐もなくほとんど号泣してたくらい。流石にデカチチが心配して「どうしたの?」と。さっきまで事情を話してさ・・・一緒に号泣なんだ。
最初見たときはなぜ泣けたのか、俺も分からなかった。けれど、自分でも感情が抑えられないほど泣けてくるんだよ。そして気がついたんだ。そう、そのオーディションでスーザン・ボイルが歌ってる歌の歌詞が日本語約されて映ってる。それを読んで自然に泣いてたんだよ。もちろん、スーザン・ボイルの切ない思いにも感動したけれど、それ以上にさ、その歌詞は俺がすべてを失ったときに、口ずさんでいた歌詞だもんな。自分の境遇にドンピシャだったしな。
でもそれだけじゃなかった。何と言うことだよ。1枚の写真にな、「ああ、無情」の絵本が映ってた。ってことは、もしかしたら俺の運命って、俺が仕事で失敗して何もかも失って慰めのように口ずさんだミュージカルの挿入歌の歌詞だって、みんな繋がってるじゃないか。
だから、なんというか、そういうものが深層で連鎖して涙があふれたんだと、ようやく気がついたんだ。だから、デカチチも一緒に泣いてくれたんだよ。
新居に来て、本当に申し訳ないと思ったんだが、事情があって49日までは納骨できなくて、俺が引き取ることにした母親の遺骨を、文句ひとつ言わず受け入れてくれたデカチチには感謝してる。
なんというか、最近涙脆くてな、歳のせいかな。
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